河野 順子│白百合女子大学人間総合学部初等教育学科

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2018年5月24日

 日本学術振興会科研費基盤研究B「論理的思考力・表現力育成のための幼小・教科間連携、国際比較によるカリキュラムの開発」で台湾との比較研究を進めています。連携先の臺北教育大学の翁麗芳先生と一緒に、目黒区にありますH幼稚園の視察にでかけてきました。H園での視察を通して、コミュニケーション能力の育成についてたくさんのことを学びとることができました。
 大きくは次の二点によってコミュニケーション能力の育成が行われていました。

①豊かな関係性づくり
  本園では、子どもたちの関係性づくりが豊かに行われていました。
 三歳児の教室でのことです。
 朝の自由時間に、先生とある子どもが相撲をとっています。相撲をしながら、先生と子どもはどうしたらうまく相撲をとることができるか対話しながら楽しく遊んでいます。すると、それに興味を持った子どもたちが集まってきて、先生と子どもの相撲を取り巻いています。それを見てすかさず、先生は、見に来た子どもたちの席を相撲をとっている子どもたちの周りにつくります。すると、相撲をしている人とみている人との関係が生み出されています。そして、それを遠回しに見ている子どもたちの席が二重の関係性の周りに三重に作られていきました。
こうして、本園では、行為すると人たちとそれを見守る関係性がいくつも作られていきます。その中で、先生と子どもの直接的対話、子ども同士の直接的対話と、同時に間接的対話の場が形成されていくのです。
 こうした重複される関係性の構築がいくつも園の中に形成されていました。
 自由遊びでは、ベテランの先生と若い先生が作り出す複数の関係性の中に、子どもたちが生かされているのもまた魅力的でした。
 こうしながら、園全体で三歳児から五歳児までの子どもたちが関係性を形成しているのです。こうした関係性の中で、子どもたちの遊びが大変穏やかに形成されていました。もちろんけんかも生まれます。すると、先生がすっとそこに入り、子どもたち相互の対話を形成しようと工夫されています。すべての行為が子どもの言葉から始まり、子どもの言葉で終わります。そこに、先生が子どもと子どもを繋ぐ役割をされているのです。

②理由をしっかりと語らせることで緊密な人間関係を形成している
 五歳児の教室でのできごとです。
 運動会が近いのでしょう。騎馬戦を始めました。みんなで円を描くように座り、その真ん中で騎馬戦を行うのです。騎馬戦を終えたときです。一人の先生の誘いのもと、子どもたちが何回勝ちました。負けましたと報告し合っています。そのとき、もう一人のベテランの先生が「どうして何回も勝ったの?」「今まで負けていたのにどうして今日は勝ったの?」「どうしてまだ一度も勝てないの?」と尋ねます。子どもたちなりに、「ぼくたちは低く構えようと思ったけどね。〜ちゃんたちは高いところから帽子を
とっていたよね。高い所からとらないと帽子はとれないと思ったから」と友だちの様子を見ながら、自分たちの動きと比較して理由を述べ合っているのです。
 お昼をいただいて、子どもたちは自分たちで机を片付け、掃除を始めました。本園では、先生たちが「次は〜しましょう」と大きな声で子どもたちに呼びかけている場面がほとんどありません。子どもたちが自主的に動いているのです。あるグループが「今日はお掃除が早く終わりました。」と先生に報告しました。すると、先生は、「すごいね。どうして早くできたの話し合って」と問いかけます。子どもたちが話し合いを始めました。
 こうした場面がたくさんあるのです。
 子どもたちに「なぜ?」「どうして?」と理由を問いかけていたベテランの先生に、「幼稚園のこの時期からどうして理由を子どもたちに問いかけていらっしゃるのですか。」とお尋ねしました。先生の回答が魅力的でした。
「今の子どもたちは他の子どもたちとの関わり合いが弱いです。ゆずればいいと思っているのです。しかし、私はそれでは生きる力は育たないと思います。ゆずるだけでは、自分の思いを見つけることもできません。相手の思いに気づくこともできません。そこに、理由という論理的に考える力っていうのでしょうか。それを尋ねていくと、子どもたちは自分を見つめます。そして、理由を知ることによって相手の思いを受け止めることができるのです。緊密な人間関係を形成するうえで、理由を語り合うことは欠かせません。そのように、受け止め、受け止められながら、相談する力を育てて、自分たちでいろんなことをやれる力を育てていきたいのです。それが生きる力だと思うのです。」
論理的思考力は人間関係を緊密にして関係を育てるために欠かせないツールだという考え方、こうした考え方が小学校教育にも必要です。論理的思考力は形式的なツールではないのです。

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